ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.25 "坂田敏子さんの服""asitisという胎内"

ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.25 "坂田敏子さんの服""asitisという胎内"

坂田敏子さんの服 as it is という胎内(ギャラリーテン〜コラム vol.25) <2009年8月号U>

坂田敏子さんの服


穴のあいたシャツ

東京・目白で30年以上ずっと愛され続けている坂田敏子さんのお店“mon Sakata”。
生まれてきた息子さんに着せたい服を作り、敏子さんのご主人・坂田和實さんの“古道具坂田”のお店の一角で展開されたのがはじまり。
ブランド名“mon Sakata”は、息子さんの“彩門(さいもん)”というお名前にちなんでいます。
そして今ではりっぱな大人になられた彩門さんが、お店の顔となり運営されています。

“mon Sakata”の服のパターンはおもしろい。
ジャケットやスカートやセーターなど、床に広げてみると、真四角だったり左右・上下対称だったり、直線で成り立っているものが多い。
また、これらの着方はひとつのアイテムで何通りもあるものも多い。重ねて着ることだってできる。
例えば、裏面で着用した定番のコートは、正方形のパターンの2箇所に袖がついており、上下方向、前後方向を逆に着られる。
またこの布は銅線を織り込んでいるため、クシュクシュと自由にカタチが変えられ、自在のスタイルが楽しめるのです。
パターンはいたって直線的でシンプルなのですが、体をとおすとたちまちアヴァンギャルドな造形に変わります。
デザインだけではなく、素材の気持ちよさ、着込んでいくうちに馴染んだり風合いが増すのも特長のうちのひとつです。

現在、“as it is”で開催されている敏子さんの企画展で、おもしろい展示があります。
散弾銃でバババババ〜ンと打たれたように穴のあいたシャツです。
なんでもこれらは、和實さんや塗師の赤木明登さんの私物だとか。
こうなるまでにはかなり着倒された(?)のでしょう。しかもまだ成仏されてはいません(笑)。

敏子さんはいつもお顔にシャイな笑みを浮かべておられ、朴訥で温かいお人柄です。
“mon Sakata”の服は、まさに敏子さんそのものです。
このことは、Tシャツ一枚でも一度着てみれば体感できます。


表紙のコートを広げると・・・
何の飾り気もなく、素直で、心地よくて、そっと体を包み込み体の一部となるのです。
ムダを一切そぎ落とし、最もプレーンなものにこそ、“内面の魅力”、“遊び力”が豊かに存在するような気がします。

今回の撮影現場“kusa.喫茶”の店主・姫野さんご夫婦は、独身時の10年以上前から目白の“mon Sakata”に通っています。
男女関係なく自由に組み合わせて着られるので、男性のファンもたくさんいらっしゃいます。
また昨年彩門さんのお子さんが誕生し、おばあさまとなられた敏子さんですが、お孫さんには予想外にメロメロのかわいがりようだそう。
そして今また、大人服専門だった“mon Sakata”に、子ども服が復活するとかしないとか・・・・・♪
老若男女を問わず、この服の気持ちよさを実感してしまったからには、子どもたちにも着せたいという願望が沸くのはごく自然のこと。
敏子さ〜ん、ぜひぜひ実現させてくださいっ!(←心の中の大きな声)

 

 

as it isという胎内

現代の日本に、故・青山二郎さんが“骨董”という概念を根付かせた人物であるとしたら、
坂田和實(かずみ)さんは、その“骨董”の世界に、新たな“古道具”という概念のエポックメイキングな一石を投じられた人物でしょう。
ド素人の私としては、どうも“骨董=古美術”といった肩肘張った難しい芸術の世界のようなイメージがあり、敬遠してしまいがち。
坂田さんは、1973年から目白で営まれている“古道具坂田”の店主として、年に数回、海外へ仕入の旅に出かけられています。
日本をはじめ、ヨーロッパ、アフリカ、南米、朝鮮など、さまざまな国の“古道具”を求めて。
世界中の祖先たちが、日常の暮らしにあたりまえに使ってきた“道具”。
それらは、食器だったり、農工具だったり、信仰からくるものだったり、服だったり、住居の部品だったり、家具だったり、・・・・・。
気が遠くなるほどのずっと長い間、ヒトの生や五感を培ってきた、これらの朽ちた姿を見るにつけ、感動というよりは親近感さえ覚えます。
紀元前のものであろうが、20世紀のものであろうが、“使う”ものの尊さに、坂田さん独自の審美眼が向けられたことに大きな意義を感じます。

ここ十数年くらいの間に、古道具や民芸も含めた“工芸”というものに注目が集まっています。
私には、この傾向は坂田さんの影響が大きい気がしてなりません。
モノにあふれ便利にオートマティックに、さも向上したかに見えた今の日本人の生活は、先人たちの確かで豊かで大切なものをたくさん失いました。
暮らしの本質をみつめる必要性に気づいた私たちは、おのずと衣食住にまつわるモノの本質をみつめることとなりました。
坂田さんが、古道具に価値をみいだし、それが波及したことで、ジャンクも含め古道具を暮らしの中にとりいれる意識が高まりました。
古道具はそもそもは人の手によって作られた工芸品。
今の作家や職人や家族が丁寧に作った工芸のモノを日常にとりいれ大切に長く使い続けていくことで、これらがまた古道具として着実に残っていくのです。

千葉県の長南町という小高い山の上に、“as it is”という小さな美術館があります。1994年に開館されました。
ここは、その坂田和實さんの眼によって集められたもの、琴線に触れる企画をされたものが整然と展示されています。
そしてこの建物は建築家・中村好文さんによって設計されたものですが、この空間が実にきもちがよい。
土壁に閉ざされた単純な間取りに、絶妙な高さの天井や開口部があり、ふっと心身が楽になる感覚がある。
まるで母親の胎内にいるかのように、温かく守られている感覚・・・・・。
私はここをたびたび訪れ、毎回、自分自身がリセットされることを確信します。
いつでも変わらずニュートラルな状態でいらっしゃるスタッフのTさんの静謐なたたずまいにも癒されているのかもしれません。
“as it is”は“あるがまま”。
やはりこの場で、無意識に自分にまとわりついた雑多なものが洗い流され、自然体に戻ることができるのです。

現在、坂田敏子さんの“as it isを編む・つなぐ”という企画の展示が、9月6日(日)まで行われています。
「形をつくらない、着ることを考えない、身の回りにある残り素材で、キリのないことをつづけてできあがったもの」がテーマです。
敏子さんの心象的展示をとおして、“mon Sakata”の服づくりの原点をかいま見ることができるでしょう。


               museum as it is
 千葉県長生郡長南町岩撫41 tel・fax:0475-46-2108
                            開館日:金・土・日・祝日  開館時間:10:30〜16:00
 
 入館料:800円

コラム vol.25 "坂田敏子さんの服 as it is という胎内"