ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.38 "千葉惣次さんの赤い糸""千葉真理子さんの包容力"

ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.38 "千葉惣次さんの赤い糸""千葉真理子さんの包容力"

千葉惣次さんの赤い糸 千葉真理子さんの包容力(ギャラリーテン〜コラム vol.38) <2011年10月号>

千葉惣次さんの赤い糸


ご自宅のリビング

千葉県長南町に、江戸末期・明治初期頃から、この地域に伝わる郷土人形“芝原(しばら)人形”。
千葉県茂原市ご出身の千葉惣次さんのご実家では、幼いころからおばあさまが芝原人形を飾っておられ、日々の暮らしの風景の一部として常に身近にありました。
惣次さんが高校生の頃、近くに芝原人形を作っている田中さんという方がおられると知り、以降、足繁く会いに行くように。
ご年配のお客さんの中、ひとり高校生がお小遣いをためては芝原人形を少しずつ買い求めていく姿は異様だったでしょう。
近所に林天然さんという民俗学者のご親戚がおられ、彼の影響も大きかったのか、その後、全国の郷土人形にのめりこんでいかれました。
大学を卒業後、ヨーロッパの民芸品を扱う会社に勤めておられましたが、お給料はほとんど日本の郷土人形(特に東北もの)に費やされたそうです。
29歳の時、やきものの作り手になろうと思い立ち退職。岐阜県の多治見市陶磁器意匠研究所に入所。
意匠研卒業後は、美濃焼の窯元で10年間、職人としての制作と、ご自分の作家としての制作の発表を。
独立し千葉県に帰った時、日本郷土玩具の会の石井さんという方から、惣次さんに運命の赤い糸を感じるようなお誘いがあったのです。
芝原人形の作者の田中さんは既に他界され、途絶えていました。それを引き継がないかというおはなしでした。
子どものころから家に飾られていた芝原人形を見て育ち、高校時代に作者を知り通いつめて芝原人形をコツコツと買い集めた惣次さん。
芝原人形というのは、手びねりに加え、型によって成形される無形文化財なる作品。
たまたま惣次さんが買い集めておられた人形は、ほぼ全種類。そこから型を起こし復元できる。
しかも意匠研で学んだことによって、型の技術も習得されている。
もう、必然的に惣次さんが芝原人形を引き継ぐ唯一の人だったわけです。こうして、30年経った現在に至ります。


アトリエの棚

惣次さんは、芝原人形の作家であるとともに、人形の調査・研究を重ね、文献も残しておられます。
先日、駒場にある日本民藝館で、惣次さんの講演会があり、人形について興味深いお話を伺ってきました。
日本の郷土人形は江戸時代に京都の伏見で起こり、そこから全国に波及し、芝原人形は東京の今戸人形の流れをくんでいるそうです。
配色に関しては、西は朱と緑、東は赤と青(群青)。
芝原人形は、明治時代の風俗が表現されており、洗練されていない土着性の高いものを展開している。
また、くま取りがあるのも特徴で、人形の中に粘土玉が入っており、振るとカラカラと優しい音がする。
惣次さんの人形コレクションのほとんどが、京都のジョウテ(皇室や公卿、大名等の人形や玩具)のものか東北のもの。
特に東北の人形には独特の陰りというか暗さがあり、これがとても趣があるからお好きなのだそう。
同じようなものを作ってみようと何度か試みられましたが、どうしてもその暗さを表現することができないと。
今年3月に未曾有の大震災があった東北地方は、昔からずっと災害が多く、その地の人々は祈りの象徴として人形を大切にしてきたと。
対して芝原人形はユニークで呑気でほんわかとした幸せの象徴ともいえる明るさ、素朴さ、あっけらかんとした雰囲気にあふれます。
今回の展覧会のタイトル“福の神さまの訪問”は、サンタクロースのように福の神様が幸せの化身・芝原人形をもたらしてくれると考えました。

私が芝原人形の存在を知る半年ほど前に、惣次さんとは出会っていました。
長南にある美術館“as it is”にたまに出かけており、駐車場からの通り道に、藁の混ざった粗い土壁の蔵があり、
思わずその壁の写真を隠し撮りしたほどの、惹きつけられる存在感のたたずまいでした。
asでお茶をいただいていると、白髪の落ち着いた男性とよくご一緒し、なにかしら話をするようになりました。
いつも静かに訥々と歴史や道具などのお話を聞かせてくださり、後に、彼が芝原人形の作家・千葉惣次さんだとわかりました。
そして、私が惹かれたあの壁の土蔵が惣次さんのお宅の一角であることもわかり、芝原人形展がここで年2回開催されました。
ほんの少しの自然光が入る程度の暗い内部の梁上やら壁に、農具や古い布や蓑などが所せましと置かれていました。
これらは、惣次さんが長年の間、膨大な時間と労力とお金をかけて集めた我が国の財産ともいえる貴重な骨董のコレクションでした。
人形展では、暗い空間の中にポッと真っ白×原色で彩られたお雛様や招き猫、金太郎や犬や干支の動物などが整然とディスプレイされました。
ひとつ手にとり、あ、あれもかわいい、これは滑稽だし、いや〜、この子のとぼけた顔がたまらない、わぁ何これ愛らしい、・・・、とキリがなく惹かれる。
私は気が付くと、不細工な顔だったり面白い動作だったりするものばかり選んで両手にかかえているのです。
今まで買い集めた千葉さんの人形は、大小合わせてたぶん30点以上はあるはず。
そして、家の中に飾っておくと、見れば見るほどニヤリとしてしまう。胸がほんのり温かくなる幸せな気持ちになる。


美しいお手紙

ところが、昨年6月、不慮の火事により、その土蔵は跡形もなく焼けてしまいました。
あの中には彼のコレクションとともに、300ほどあったものの9割に及ぶ芝原人形の型が一瞬のうちに焼失したのです。
しばらくは千葉さんご夫妻に声のかけようもありませんでしたが、まもなく、一からコツコツと型を再現制作され始め、今もなお続けておられます。
そんな中、惣次さんは東北の神社にしばしば出かけ、以前より興味を傾けておられた“切り紙”にどっぷりとつかるようになられました。
神事に使うため宮司が和紙をいろいろな形に切るもので、神社の数だけ種類があるそうです。やはり東北のものに惹かれるのだとか。
これらの切り紙は東北の人形と同様、祈りや願いをこめて飾られるもの。
火事で貴重な多くのものの喪失と大きい心の傷を負われた惣次さんは、東北に何度も足を運んで切り紙に没頭することで、徐々に癒されたのかも。
過去に江戸の玩具のご本などを出されていますが、来春、切り紙についてのご本を出版される予定です。
また今回、以前、NHK等で放送された惣次さんや芝原人形に関する数本の映像を放映しご覧いただきます。
惣次さんが語られる縄文時代のお話しはとてもおもしろいです。ぜひ在廊される日においでください。

 

千葉真理子さんの包容力

千葉真理子さんは惣次さんの奥さまです。そして、タダモノではありません。
童顔でいつもにこやかにされていて、対面した人の心を和やかにさせてくださいます。
物腰がやわらかく、丁寧なおもてなしと気遣いのいきとどいた方。知性と品格と美意識を兼ね備えた女性の鏡のような方です。
ときどき、素敵なお手紙をお送りくださるのですが、それが、見惚れるばかりの美しい季節の絵が添えられた流れるような墨の文字。
惣次さんは真理子さんより10以上お歳が上ですが、真理子さんが「あなたの好きなようになさい。」とどっしりと見守られている印象。
どうも惣次さんの骨董に対する情熱と物欲により、かなりの資財を投じられたとか。
まるで、アメリカの現代アートコレクター夫婦のハーブ&ドロシーのようなご夫婦だと思います。
火事のあった大変な時も、真理子さんは、気丈に前向きに、しっかりと地に足をつけておられました。
いつなんどきも、凛とし冷静にふるまわれる真理子さんを見ていると、彼女の内面の深さ大きさを知ります。


蒔絵を施した犬筥
(真理子さん作)

千葉夫妻は、伝統を踏襲する芝原人形、惣次さん独自の“草の子窯”、真理子さん独自の“み太郎窯”の三つの作品を発表されています。
今回のgallery tenでの展覧会では、主に、お二人の独自の窯の作品を展開する予定です。
真理子さんもまた多治見の意匠研で学び、惣次さんと出会い、その後、陶器会社のデザイナーとして勤務し、ご結婚。
こちらに暮らすようになられてから蒔絵の無形文化財作者のみやまびほう氏に師事され、陶や紙の人形に加えて蒔絵の創作もなさっています。

今後は、“御殿玩具”とよばれる公家やお姫様から愛されてきたもの、たとえば、犬筥(いぬばこ)、ぶりぶり、福良雀などを、少しずつ作っていきたいとのこと。
真理子さんの作品は、親近感あるキュートな絵付けの中に雅な気風をたたえています。
みればみるほど、憎らしいほど愛おしくなる不思議な魅力の人形たち。
これらを“飾る”という行為は、気持ちのゆとりをもち、そのときの季節感や気分を楽しもうという幸せの空間をつくること。
自分自身やその周囲までもが、福々しい感情をよびおこされる。
悲しみや辛さに身を縮めてしまっている知人たちに、私は何度か、千葉さんの人形を贈ったことがあります。
それは、このお人形が人の心の奥底にじわじわとぬくもりを伝え、知らず知らずのうちに氷がゆっくり融けていくような心持ちになるのではと信じているからです。
惣次さんと真理子さんは、過酷な状況を乗り越えられたばかりではなく、多くの人たちに人形をとおして福を届けてくださることに感謝してやみません。

 

コラム vol.38 "千葉惣次さんの赤い糸" "千葉真理子さんの包容力"