ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.63 "坂井千尋さんの器の動物たち" "Tiny Knotsのギャッベ"

ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.63 "坂井千尋さんの器の動物たち" "Tiny Knotsのギャッベ"

<2014年2月号>

坂井千尋さんの器の動物たち

東京・日野市にある坂井千尋さんのアトリエに伺いました。
武蔵野の自然あふれる小高い丘、周囲の林からは野鳥の声が聞こえてきました。

美大で陶芸を学び、器ではなくオブジェなどの制作に没頭しました。
そのうち徐々にオブジェに加えて、絵を描きたくなり上絵付けを施した器を作るようになりました。
卒業後しばらくは大学で学んだ九谷の上絵付けの技法をメインに制作し、また技術を磨くために有田の絵付けも習いました。
色彩豊富で細やかな上絵は、神経を研ぎ澄ませて描く大変な作業。
独立して作家として発表する作品は、展覧会で観て美しいと感動されるものではなく、
実際に使ってもらえるものを作りたいと考えました。
しかも絵を生かせる使いやすい器をめざしたのです。

2004年から女子美術大学の助手として勤務をしている間に、いろいろと試作を作れる機会がありました。
焼成回数と使う材料をシンプルにすること、多彩な線の表現でなく木版画や切り絵のようなシンプルな面での表現に憧れます。
釉薬で絵付けをしてみようと思い、粉引の素地に黒いカラスの絵を描き2006年に発表したのが今の仕事の原点。

千尋さんによって描かれ表現されるモノクロの動物たち。
当初、カラスとか犬とか家畜など、身近に感じていた生きものに惹かれて描いていたのですが、 最近ではお子さんと近くの動物園に行く機会が増え、描きたいと思う動物の種類も増えてきました。
千尋さんの愛犬のフレンチブルドッグ・ネルちゃんが坂井家に来てからは、ブルドッグの絵も加わりました。
面で描かれる動物たちはリアルでありながら図案化されたユニークな表現になっています。
甘いかわいらしさではない動物モチーフが、モダンでほっこりとした和みと微笑みを誘います。

形はシンプルで肉厚にし、あくまで日常の暮らしでどんどん“使う”器であることを意識して制作されています。
実際に使ってみるとよく理解できますが、サイズ感や手に持った感触まで気が配られています。
食卓がたちまち明るくなり、大人も子供も楽しめる食器です。
きっとテーブルの上の登場回数が多い器になるでしょう。
家族で好きな動物を選び、それぞれをマイカップやマイ茶碗にするとより愛着がわいてきます。
今回、どんな動物たちのどんなアイテムが現れるか楽しみです。ご高覧くださいね。


Tiny Knotsのギャッベ

昨年、gallery ten で初めて“Tiny Knots”の神戸智恵子さんによりギャッベ・キリムを展開しました。
「ギャッベって何?」「キリムは聞いたことがあるけれど、ギャッベはキリムとは違うの?」と言う声が多く聞かれました。
驚いたのが、それらの知識云々ではなく、実際に見たり触れたりして突然その魅力にとりつかれる方が多く、「運命の出会いだ!」とおっしゃる方も。
昨年の会期中から反響が高かったのですが、買い求めてお宅で使っておられる方の喜びの報告をたくさん受けました。
Tiny Knots のギャッベは、イラン人の安藤ラミンさんが直接現地のテントを訪ねて買い付けてきたもので、とてもリーズナブルに提供してくださっていることもうれしい。
リクエストがあまりに多かったので、また今年、神戸さんのセレクトで、昨年に勝るバリエーションを観ていただけることになりました。

イラン・カシュガイ族という遊牧民族は、血縁関係のある数家族と多くの羊やヤギなどと、低地から標高2000メートルほどの高地に移住します。
ギャッベは、テント生活には欠かせないもので、むき出しの地面に直接敷き、部屋の床としたり、屋根、壁や間仕切り、また袋状にして家具になったりする。
羊毛は保温・断熱に最適、吸・排湿性、弾力性、撥水性などの利点を備え、自然環境の厳しい地域に耐え得る資質をもつ。
酷暑と酷寒、一日の気温差が40℃を超すこともあるような地をカシュガイと共に移住する羊の毛は、特に油分が多く、毛足が長く、毛質がしっかりしているのだとか。

カシュガイの女性は幼い頃から母親が毎日コツコツとギャッベを織る姿を見て育ち、徐々に自分でも織り始める。また、嫁ぐときには自分で織ったギャッベを持っていく。
ギャッベを織ることを母から娘に伝承されていくのは、織の技術だけではありません。
そこに織り込まれる文様やカタチには共通の意味があります。
たとえば、木、星、人、羊、ヘビ、フック、水差し、鳥、花、オオカミの口、・・・など、自然界に存在する様々なものがモチーフとなり織り込まれ、 それらは、健康、豊穣、多産、魔除け、成功、・・・などの祈りや願いを象徴するものなのです。
そして、これらのモチーフの織柄は、部族、もっと言えば家族ごとに異なる独自のものがあります。
知識やイメージや絵心や技量によって、非常にユニークな絵面やレイアウトのギャッベができあがるのです。

驚くべきはギャッベの制作過程です。張った経糸に、毛糸をひっかけて結んで切る、ひっかけて結んで切る、・・・、この気の遠くなるような行程を繰り返します。
“Tiny Knots”の“knot”とは、“結び”の意。ひとつひとつの結びめを連続させ、点が線となり面となり、堅牢な織物となる。

ペルシャ絨毯のような緻密で整然とした芸術的な美しさがもてはやされた時期もありましたが、 近年、ギャッベの素朴で人間的な温かみや野趣があふれ、しかも独創的で現代アートとでもいうべき手仕事に関心が高まってきています。
また、ギャッベの鮮やかな色彩の糸は、羊毛を紡いで天然の草木で大きな鍋でグツグツと煮出して染めた色。
一時、簡単で速く染まり低コストの化学染料を使った時期があったそうですが、天然の染めが見直されています。
染めあがる色が天然染めの方が落ち着いていて飽きがこないばかりか、風合いが違い色落ちしにくく虫除けなどの機能も果たす。

今会期中では、カシュガイ族の暮らしやギャッベを織る様子のDVD放映や、原毛や道具などの展示もお楽しみください。

耕木杜にて撮影


コラム vol.63 "坂井千尋さんの器の動物たち" "Tiny Knotsのギャッベ"