ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.1 "花岡隆さんの作品""へぇ〜 (゜∇゜) 話(山田晶さん)"

ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.1 "花岡隆さんの作品""へぇ〜 (゜∇゜) 話(山田晶さん)"

花岡隆さんの作品 へぇ〜 (゜∇゜) 話(山田晶さん)(ギャラリーテン〜コラム vol.1) <2005年10月号>
この号から、私の好きなモノを少しずつご紹介していきます。
「私も好き!」とか、「へぇ、こんな作品があるんだぁ・・・。」とか、いろいろな想いを引き出せる楽しい読み物になれば、うれしいです。
タイトルの“ ”は、 「私の好きなモノ、身のまわりで起こったコト、あれこれ、コレクション」という意味の造語です。
                                                                <表田 典子>


      

花岡隆さんの作品

「花岡さんの粉引きほど“いま”を感じさせる器はほかに見当たりません。
 炭化焼締の黒もしかり。
 ファッションにたとえるならば、ヨージ・ヤマモトの服に似ています。」
(家庭画報特選「器に強くなる」より抜粋)

まさにそのとおりだと思います。
造形がシンプルで洗練されている。
モダンで小気味よい存在感がある。
そして気品が漂っている。

もし、これらの器が人間なら、こんなヒトになりたいと思う作品なのです。
なんだか、かっこいい大人という感じです。

花岡さんの器はいろいろな場面で大活躍してくれます。
それぞれが、どんな用途にも応えてくれるし、引き立ててくれる。
優しくて幸せな感情が、おのずとめばえてくるような不思議な器たち。

もしかしたら、花岡さんご本人を写した作品かもしれません。
やわらかいお声で、淡々と話されるときの、にこやかなお顔が目に浮かんできます。




へぇ〜 (゜∇゜) 話

今回の展示会の作家さん・山田晶さんのおはなし。

数年前、山田晶さんの器を何かの本で初めて見ました。
すごくシャープでかっこいい、和食器なのか洋食器なのか、新鮮なテイストの器。
一目でその魅力にひきつけられ、実物を見てみたい衝動にかられました。
結局、インターネットの陶器屋さんから二つゲット。

薄くて繊細で造形が美しい。
この器が食卓にのぼると、たちまち、華やぐ、ひきしまる、ちょっと高級に見える・・・。
最初は、おそるおそる大事にそっと洗って、おそるおそる食器棚にそっとしまっていました。

何度となく使っているうちに強靭な器であることがわかってきました。
ガンガン洗ってもなんともない!
一見、どんな料理を盛ったらよいのか迷うのですが、結構何でも受け入れるし、映えるのです。
よい器だと思います。

少し経って、山田晶さんのお父様が、陶芸界の歴史に名を連ねられる方だと知りました。
お父様は、山田光さん。
“走泥社(ソウデイシャ)”の創業者のうちのお一人です。
「工芸は用と美を兼ねる」というのが明治以来の通念。
一方で工芸のフィールドから、用を持たない、いわゆるオブジェと称される作品・・・。
それらは、1950年代、日本とアメリカでほとんど同時に制作され始めましたが、 日本でその先駆けとなったのが「走泥社」という陶芸家グルーブでした。
1948年、八木一夫氏、鈴木治氏らとともに結成されたのです。
革新的陶芸の中心的・指導的な役割を果たして今日に至っています。

そんな前衛の気概をお持ちの山田光氏のご子息である山田晶さん。
モダンな器作品しか知らなかった私は、昨年、銀座のギャラリーで山田晶さんのオブジェ作品を初めて眼にしました。
強烈な存在感と迫力が、私の心を打ちました。
やはり血脈とは偉大なものなんだなぁと確信したのです。

山田さんご本人は、長身の大きなお体で、そこにはすごい魂が宿っているのでしょうが、いたって穏やかで温かい。
滋賀のアトリエにお邪魔したときには、かわいい1歳のお嬢さんの父親としてのお姿がありました。
母性さえ感じるお人柄から、あれらの作品が生み出されるのかと思うと、少し意外でもありました。
でも、どんな食材もサラッとカタチにしてしまう器としての包容力、 どこからでもかかってこい的なオブジェの在り様、
すべて山田晶さんなのでしょうね。

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