坂田敏子さんの眼
先日出版された“編む・つなぐ”というご本のプロローグに、坂田敏子さんの次の言葉がつづられています。
”服を作りはじめて35年。
糸や残り布が捨てられない。
何かできそう。
切り落とされたそのままの形に見とれる。
縫ったり、編んだり、つないだり、飾ったりしてみる。
思わぬ発見。
それは、糸のヨリミチ。
服作りの裏側にある
純粋な楽しみ、意図せぬ遊び。
「編む・つなぐ」という行為は
そういう道草から生まれたもの。
道草そのものが何かにつながる。
服だけではなく、人でもいいし、モノでも。
その全部が「編む・つなぐ」。”
2009年3月〜9月、千葉にある美術館“as it is”で行われた「as it is を編む・つなぐ」という坂田敏子さんの展示がありました。
この会期には何度か訪れましたが、常に、布の切れ端や洗濯クズや糸クズが、黄土色の土壁上にそこはかとなく存在していました。
このインスタレーションからは、敏子さんの服作りの原点をみる想いがしました。
何が美しいのかという本質は、決して完成されたものの中にだけあるのではない、そのものの在り様が糸クズであれ美しいのだと感じられました。
原料や糸や生地があり、そこからカタチになり各々が活かされる清々しさを敏子さんが一番味わっておられるのだと思いました。
シンプルだからこそ美しい。でも、無駄を取り除いた美しいデザインこそ難しいのだと思います。
あらゆる観点からの美しさが重なり合って、mon Sakata の服が生まれるのでしょう。
美しいだけではなく、感触として気持ちの良いことは、着た人だけが得られます。
以前、私が購入したmonの七分丈パンツはあまりの着心地のよさに、マッサージに行くときにわざわざこれに履き替えて行くほど。
カットソーは薄くてプレーンで同じ型を色違い・素材違いで持っていますが、たくさん重ねて着るのもよし。第二の皮膚となる。
バッグやアームウォーマーも、体の一部になり、アクセントとして一役かう。
何度も身に着け、何度も洗い、こうして自分のモノとなっていく実感がもてるのです。着古す良さ、かなりあります。
敏子さんの内に秘めたる感性や創造性は言わずもがなであります。
人となりはというと、とてもシャイですが、誰に対しても気さくで控えめでいらっしゃいます。飾りっ気がなく朴訥ですが、優しさに満ちてふわっとした雰囲気。
声の調子とかおしゃべりの間合いとか、ツーーーーと軽く流れていくような心地よさ。
ずいぶん前に目白のお店に伺ったとき、その近所にある老舗の和菓子店の有名なかき氷が食べたいという私にお付き合いくださいました。
どうも敏子さんもずっと前から気になってはいたが量が多すぎて・・・と躊躇されており、その日は二人で一つ注文。
結局、その約9割が私のお腹に入ったのですが、目の前の敏子さんが少女のようにうれしそうだったのを覚えています。
敏子さんの実年齢が信じられないほど、みずみずしく透き通るような感覚は、いったいどこから作りだされるのか不思議でたまりません。
企画展の画像は、私が数年前に購入した mon Sakata の服です。
それを広げて家の壁にピンで両端をとめて撮ったものですが、コレ、何だかおわかりになりますか?
正方形の布に筒状のものが二つくっついている。 答え→→→→→ コートです。上下逆に着るとジャケットです。
この布は、“シールドクロス”と呼ばれるもので、経糸(たていと)・緯糸(よこいと)の両方に繊細な銅線が織り込まれている特殊生地です。
体に纏うと、ふんわり温かく、そして布を好みの位置でクシュクシュとつまむと形状記憶し、その形に固定する。
ただの真四角の布が自由自在に思いのままにデザインできる楽しさがある。
私がこのコートを着ていると、他人からの感想がまっ二つに分かれる。「かっこいいね!」or「小汚い・・・。」
そんなことはどうでもよいのですが、私が初めてこのコートの存在を何かのDMの写真で知った瞬間からほしくてたまりませんでした。
なんでもそうなのかもしれませんが、第一印象でピンとくるものってありますよね。
そしてそれをゲットしたときには、大きな喜びに変わります。
ただ、このコートのポケットに携帯電話を入れておいても電波を通さない布なので受信しないとのこと。
未確認ですが、雷が鳴ったときは脱いだ方がよいのか、飛行機搭乗前のボディチェックでピピっと鳴ってしまうのか、
背中にホカロンを貼っておけば熱伝導の良さでコート全体が温かくなるのか、銅の殺菌・消臭作用があるのか、・・・・・。
知りたい。今後、追い追い自分で実験してみることにします。そしていつか機会があれば報告します。
mon Sakataは、35周年。この長い歴史の始まりは、敏子さんのご主人・坂田和實さんの“古道具・坂田”の店内の一コーナー。
当初は子供服のみの展開で、あのしっとりとした静寂の空間に、幼児とその母親たちが店内をにぎわしていたことが嘘のようです。
3年後、目白通りにお店をかまえ、ずっと男女問わずたくさんのファンに支持され続けている服。
ファッション、モードというものは、どんどん変わっていくもの。流行や強い独創性に乗っていないものはどんどん淘汰されていく。
そんな激流の中、淡々と普遍的に、親から子に、またその子にと、時代を超えて着続けられているmon Sakataの服の魅力は計り知れません。
コラム vol.41 "坂田敏子さんの眼"