ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.75 "ゆるやかな流れにのって生きる三笘修さん" "大江正彦さんと絵の中の動物"

ギャラリーテン/gallery ten〜コラム vol.75 "ゆるやかな流れにのって生きる三笘修さん" "大江正彦さんと絵の中の動物"

<2015年2月号>

ゆるやかな流れにのって生きる三笘修さん

三笘修さんは、大分県日田市ののどかな町で生まれ育ちました。
右の写真は、ご実家近くの三笘さんの現アトリエからすぐの場所。
低く連なる山々や川に囲まれた心落ち着く原風景が広がっています。
いろいろ話をするにつれ、三笘さんの穏やかで静かな性格と、この場がとてもシックリとくるように思いました。

三笘さん、子どものころから何か強くコレがやりたい!というものを見つけられずというよりは、 特に意識をしないでなんとなくその時の流れに身をまかせ淡々と日々を過ごしていたのだそうです。
そんな中でも、F1レースを見るのが好きだったことから、車のデザインをしてみたいと漠然と思った。
また憧れの東京にも行ってみたい。
美大や芸大に行くには専門の受験勉強をしていないが、 とにかく高校3年の夏、バレー部を引退後に美術部に入りデッサンの訓練。
将来教師になるという前提で東京学芸大学の中等教育の美術科に進学。
そこで美術の知識や技術に、自分の力のなさを思い知ったのだとか。
それでも留年をしないように緩やかに流れにのってそこそこの日々を過ごす。
卒業後、常滑にある製陶所で募集があったので、量産のための土練り、鋳込み、窯詰め、配達などをこなした。
ここでもなんとなく仕事をこなしていったが、積極的に何かに挑戦してみようということもなかった。
世の中はバブルがはじけて大変な時代まっただ中。ここが三笘さんの転機でした。
ゆるやかな川の流れに乗るごとく穏やかに過ごしてきましたが、一念発起、勇気を振り絞り第一歩を踏み出しました。
以前から作品が好きだった“走泥社”の寄神宗美さんの門をたたきました。3年間みっちりヤキモノについて学びました。
その後は信楽の“現代壁画研究所”でバイトをしながら夜中に自分の制作をしましたが、半年後結婚し子どもが生まれるため常滑の奥様の拠点に移りました。
昼も夜もバイトをし、残ったほんの少しの時間だけ作陶をし、極貧生活を数年続けるも、また大きな勇気を以てバイトをやめて陶芸家としての勝負をかけることにした。
そんな意気込が表れるのでしょうか、ここから突然、作家としての作品が売れ始めてきたのです。
また時期を同じくして、伊賀の陶芸家・福森雅武さんの著書『土楽食楽』に、暮らしの延長で器をつくるとあり、感銘を受けました。
もっともっと自分に楽で自然体で生活の一部として、穏やかに生きることが大切なのだと考え、
8年前に故郷の日田に戻り、畑仕事をし、家族とたくさん時間を過ごし、自然を楽しみ、それらと同等に作陶する・・・。
今や国内外で展覧会のオファーが絶えないほどの人気作家に。
これまでの紆余曲折の話を聞きながら、現在、三笘さんのいるべき場所であるがままの姿で制作する様子が生き生きとしているように感じました。
今企画展のテーマ“静と動”、一見、三笘作品が“静”で大江作品が“動”のようですが、お二人の作品それぞれに、それらの二つが共存するように思うのです。
相反するような双方の作品がどう呼応するのかを観ていただきたいです。



大江正彦さんと絵の中の動物

2年ほど前だったか、ウェブサイトで目が釘付けになった一枚の絵。
それが大江正彦さんの絵との出会いでした。
大江さんは1965年、大阪市生まれ。ダウン症と重度の心臓疾患を持っていました。
お母さまの昌子さんは、正彦さんに生き生きと楽しく過ごしてほしいと深い愛情の下、
彼をおぶって方々出かけられたそうです。
また、当時心臓疾患のため養護学校にも入学が許されませんでした。
重度の疾患をもつ子供たちでも学校に通えるようはたらきかけ、翌年大阪教育大学附属養護学校に入学。
覚悟を決めての心臓の大手術にも踏みきり、正彦さんの人生を強力に支えてこられました。
そして幼いころから好きだった絵を思う存分描かせてあげたいと、
彼が26歳のときに知った京都亀岡にある知的障害者の施設みずのき寮絵画教室”に、往復6時間かけて母子で通う。
その4年後、自宅の近くに、正彦さんと同じように重い知的障害を持つ人たちが集える“アトリエひこ”を設けました。
芸大を出てアトリエの指導に携わって20年の石崎史子さんもまた、献身的に一人一人の制作をサポートし見守る。

今回の企画展に際して、石崎さんと3度にわたっていろいろ話をしてきました。
彼らにとって絵を描くことは生活の一部であり、活力の源になっている。
ダウン症の人というのは、みなおしなべて心優しく明るく、色彩が調和しているという。
正彦さんが、アクリル、クレパス、ペン、色鉛筆などで描くものは、動物、特に身近な犬や猫などが多い。
描かれている動物は、単なる絵ではなく正彦さんの友達のよう。
慈しむようにかわいがるように筆を重ねていくうちに、だんだん呼吸でもするかのような生命感がみなぎってきます。
毎日毎日少しずつ熱心に筆を重ね、絵の具が山のように盛り上がってくるほどで、立体に近づいてきます。
それらの作品からは、彼の家族や周囲の多くの人たちから、あふれる愛を受けて育ってきたことがうかがえます。

私は昔から、いわゆる“アウトサイダーアート”“アール・ブリュット”と呼ばれる絵や造形に強く惹かれます。
それらの定義は広義・狭義でさまざまな解釈がありますが、 「美術に関する教育を受けていない無名の人々の内なる衝動によって創作された表現物」とでも言えるでしょうか。
“アウトサイダー”だから惹かれるのではなく、惹かれるものがたまたま“アウトサイダー”なのです。
なぜこれらのアートに心が揺さぶられるのか、それをひとことでは言い表せませんが、
それらの中に、強烈な作者の内なる叫びや、作者そのものの分身や、ダイレクトに訴えかけてくるものがあり、 それらは何の衒いもなく自分を丸裸にした表現であることから、こちらも自ずとそこに埋没してしまいそうになるのです。
つまり、“素”に対峙するというよりは、“素”に同化していってしまうという不思議な感覚です。
今回、4人のアーティストのみなさんにより、いかに惹かれるのかというトークショーも予定しています。
今企画展では、大江正彦さんの大小70点余りの作品をご紹介します。
まずは作品を直に観て、どのような想いが生まれるのかをぜひ体感していただきたいと思います。どうぞご高覧くださいませ。

コラム vol.75 "ゆるやかな流れにのって生きる三笘修さん" "大江正彦さんと絵の中の動物"